カテゴリ:懐古( 3 )

 

第387話 虎鉄書記 出会い編

いらっしゃい
今日はそれなりにお客が入っててね
よかったらそこの席にでも座ってくれないか。

ブラントンでよかったかな?今日は奢りじゃないがね、ハハハ

なんだい?自腹ならジャックでいいって?

そう言わずに飲みな、これは俺のボトルだ。

どこまで話してたかな?MHGへ旅立ったところだったって?

OK、じゃそこから話そうか。


MHGでの狩りを終え信onへと帰ってきた俺を待っていたのは新しい出会いだった。信へと復帰した事を知人に報告してると「姉さん」に稲葉まで呼び出された。そして、出会ったんだ、新しい仲間たちに。リウカちゃやリリちゃ、そしてマゲマスター花香がそこに居た。我々は何かあると稲葉交易に集合し取引している人達の周りで話し込んだ。時には当時あまり活用されてなかった長屋の奥の狭い路地に入り徒党を組んでるにも関わらず白チャットで何処で話してるか分からない不気味な会話を垂れ流してた。実は皆所属国家はバラバラだった。リウカちゃと姉さんは斉藤家だったが、俺は浅井家、花香は武田家、どっかの忍者は織田家だったと記憶している。今のように一門縛りも無かった分、野良などで話が合えば知人になっていった。

この当時に一つの事件が起きた。
とある忍者が断片のお手伝いを申し出た。俺は姉さんに、花香は忍者さんに、と知人の知人が色々な所から稲葉交易に集まってきた。そうこうしてると7人になったのだが、そこにリリちゃが現れ波乱が起きた。この忍者さん誰彼構わず知人に同じ事を言ってたらしく「じゃ行こう」と名乗り出たのが自分を含め8人になってたのだ。そう信onの徒党は7人まで、一人余る計算になる。これは俺があの当時の知人に始めてあった時のあの事件、誰も触れようとしなかったしそろそろ時効だと思う。もう笑い話になる出来事。
リリちゃと忍者さんが口論になりだした。その横で姉さんは「行くか行かないかさっさと決めて、眠くなるから」っていつもの調子。俺はこの時初めてオンラインでの口論ってのを垣間見たんだ。これはどーすっかなぁ、って考えてたら無駄な中途半端なギャグで場を収めようとしてるんだが油を注いでるような軍楽が居た。こ、これは!俺と同じ匂いがする!彼こそが花香だったのだ。徒党内で交わされる口論!裏で響く個人対話の嵐!誤爆だけは避けたい、俺が誤爆をあまりしなくなったのはこういうので鍛え上げられたんだと今でも思う。「とりあえず私が抜けとくよ」「いやいや俺が」「あんた盾やろ」こんな会話が繰り広げられ気がつけば2時間経過。gdgdだ。たぶん俺のgdgd耐性はこういうとこで養われた。「じゃ私がキャラデリしたらいいんでしょ!」忍者さんから意味フな言葉が出てきた。いや、まて、今はそんな話じゃなかったんじゃね?論点すり替え過ぎだろ!と心から思った。「もういいから、私のせいなんで責任取ってキャラ消すから」うーん、今考えてもイキナリの謎発言。(後日「え?キャラデリ?そんな事する訳ない。あー言えばみんな引くでしょ」って感じの事を話されました)そうこうしてると鈴ちゃが寝落ちしたっぽかった。姉さんは眠いからって消えた。花香も逃げた。当の本人の忍者は「キャラデリしてきます」と脱兎しやがった。そしてなぜリウカちゃと俺は朝5時回ってるのにリリちゃの屋敷で話をしてるんだろう。今日平日だよね?あはははは 雀の囀りを聞きながらリアルで出た乾いた笑いしか覚えていない。本当に内容を覚えていない。
この事件で「虎鉄さんはとてもいい人」認定を受ける事になる。

稲葉に常駐するようになってからは大都会の快適さに慣れ、当時所属していた「浅井家」から同盟関係にあった稲葉を居城とする「斉藤家」に仕える事にした。実は斉藤家は所属プレイヤーがかなり居る規模だけで言えば強国だ。がしかし、その所属プレイヤーの過半数が他国から送られてきた売り子であったりで戦力的にはかなり弱く押される事の多い国家だった。夜合戦に向かうと基本的に本陣と後陣が1つか2つ残ってるだけしかないような合戦だった。鎧という基本対人に向いてない職だったが防衛などに楽しさを見出し明け暮れた。あの頃は今のように開始終了時間が決まってなかったので「如何に強いお昼に人達に引き離されないように繋ぐか」ばかり考えて合戦してた気もする。
通常狩りは仲間たちと共に色々な場所へ蘇生が無かろうが盾が豆腐と軍楽だろうが中華と湧き待ち叩きあいに負けようが楽しかった。〇〇から〇×のドロップが出るらしいと聞けば言ってみたりした。5時まで待ってやっと湧いた魔天狼をさぁ行くぞ思った時にほんの1分前まで話してた姉さんが寝落ちして唖然となった。今と違って野良募集も多く色々な徒党に入ったりして楽しんでいた。

そんなある日「セガからPSUが出る」って話を誰からか話し出したんだ。俺はMH派でありファンタシースターと言えば往年のRPGってイメージしかなかったんだが、実は皆PSUの前身であるPSO経験者だったんだ。PSUは「全てのRPGを過去にする」と言い放ったゲームである。皆PSUに期待をしていた。そして俺もまたPSUへと流れていくことになるんだ。

今日はここまでにしとこう。いやいや別に先延ばしにしてる訳じゃない。

また話が聞きたくなればここにきてくれればいい、それだけさ。
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  by kotetya2 | 2011-05-23 21:57 | 懐古 | Comments(4)

第396話 虎鉄書記 放浪編

すまんな、こんなものしかなかった。
ん?つづきかい?
はは、こんな俺の昔話を期待してくれるとは有難いね。

この頃になると、やはりどうしても信onに馴染めない者、レウスが恋しくなった者色々dね、最終的に残ったのは俺を含め3人にまで減った。がしかし知人もそれ以上に増え楽しくやってたよ。
当時まだまだだったが合戦に行ってみようって話があがったんだ。そこで俺達は初めて合戦場に入った。たしか雑賀vs足利で陣もほぼ抑えてるような一方的な展開だったと記憶している。知人の忍者さんに先導を任せウロウロ。あの頃は私設なんて便利なモノは無く伝達は周囲チャットや大声チャットで伝達してたんだ。4人でウロウロして先導の忍者さんが「そろそろ帰ろうか」って話をしてた時に襲われた。そう初めてのPvPだ。「逃げて」っていう忍者さんの声も虚しく低レベルの俺達は一人の忍者にいいようにぶっ殺された。そしてはじめての死体踊りを食らったって訳さ。
まだまだ合戦には精進が足りないとわかった俺は次の日から技能やLvUPを目指し日々切磋琢磨した。「虎鉄さん、そろそろ袋やばくない?255でいいなら作るよ。いいよ、うち材料あるから」そう言って袋を作ってくれた僧が居た。彼の名は「項羽」そう、後の伝説の鉄砲鍛冶で烈風最初の能楽カンスト者となる「バルバロッサ」その人だ。カナゲッチョなんかの狩りで知り合った知人も居た。1stは上杉で薬師やってたが、なぜか雑賀で陰陽師をやりだした人、それが桜護流奈。後に召喚師となり嵐世記の知恵のオマージュとなる偉大なる人。流奈姉やんも色々と後に語り草を残した人だ。稲葉で天下持ちを叩き奪取、怒った相手が徒党を組んできたのでこちらも徒党を組み準備万端、稲葉入り口で大立ち回りか!?ってところで相手が叩いて来ない。「俺の天下どうした?」「捨てた、いらんもん」とあっさり捨てちゃう潔さ。後日、てか、ならなんで取ったんやって話にもなった。
少なからずあの時よりも進歩した俺は合戦によく顔を出すようにもなった。やる事と言えば辻修理がほとんどだが、それでもウロウロしているだけで楽しかった。当時は武将落とすタイミングとかを計っていて「タイムキーパー」なる人も大勢居た。陣のNを狩り尽くし武将丸裸にしたので「やっちゃうか?」って話になった時、巫女さんが「家老の許可無く武将できない」って言っていきなり徒党から抜けた。あれ以来その巫女さんから対話が来る事も無くなり対話しても戻ってこなくなった。俺が始めて見た「従順なる合戦厨」だ。と言うのも今では伝説として語られるが、あの当時の烈風雑賀は武将は許可制だったんだ。勝手に取り付きなどをしたり家老中老の許可無く徒党に居ると「倒すな氏ね」とか「誰に断って武将行ってんだ」と罵倒対話が嵐のように来た。中老以上の推薦がないと中老試験(武将撃破)はしてはならなかったのだ。その上「〇〇武将は家老の〇×さんが行くから絶対に行っちゃダメ」とか「〇△は□×さんの予約なんで□×さん来るまではスルーで」とか、合戦ってこんなの?って感じになった。俺も中老試験の時に入っていた徒党で「中老試験なんでコレやらしてもらえないか?」と家老チャットで聞いてもらった。そしたら、倒すのはダメだ、今取り付いてる武将が@1になったら救援で入って試験突破してくれ。それならば許す」と、まぁ有難いお言葉を戴いた訳さ。一応これで中老に昇格はしたんだが、なんというか合戦から離れていった。
合戦から離れた俺は当時同盟国だった織田領の名護屋に常駐する形となった。ここは稲葉も近く快適だった。雑賀知人から「メンテ前なので献策に来てほしい」と対話があった。彼も中老になるまでは「試験に許可とかおかしいよね」と言ってたんだが、どうも中老になると変わるらしい。風の噂で次回合戦では家老試験に加われるって聞いたが、彼が家老になったかどうかは俺にはわからないんだ。その日に俺やその時の知人数名で雑賀を後にしたから。
向かった先は北条家だった。雑賀から離れてるので当時の雑賀知人に会うことも少ないだろうってのも理由の一つだった。当時の北条家は上杉家にいいようにやられていた。言ってみれば「弱小国」だ。普通会議などあればその国々の城で開催されるのがごく普通だった。そこには色々な国の間者(Lv1)も紛れ込み情報などは駄々漏れだったとは思う。が北条は普通に両替前で会議を始めたのに驚いたのを覚えている。「城でやっても集まらないから」ってのが理由らしいが、これでいいのか?とちょっと悩んだ。
北条の合戦は、それはそれはひどい有様だった。PCの数が圧倒的に違うのもあったんだが、士気が皆無に近かった。「今日も門前封鎖されてるね」って言いながらずっと井戸端会議しているだけだった。とりあえず門前のソロ叩きやN徒党だけでも狩ろうって話して雄志を募った。どうしても回復さんが居なく居る人居る人に声をかけまくった。「決死隊になりますが門前封鎖解除したいので徒党いけませんか?」帰ってくる言葉は「死ぬの嫌です」とか「今から離籍です」とかばかり。挙句の果てに「対人なんてしません!」って大声で怒鳴られて、その人の募集コメが「対人なんてしません><」になった。いったいこの人達はなにをやっているのかわからなかった。
北条家からはその後移籍可能の1ヶ月が来たらさっさと後にした。たしかその後滅亡して上杉に尻尾を振って復興したかユートピア条件に白旗を振ったか、たしかこんなんじゃなかっただろうか。
これをきっかけにMHからの知人皆バラバラの道を進む事になった。一人はMHGが出ると言う事で去り、一人は徳川へ流れた。俺は新天地を求め浅井に向かうことにしたんだ。
浅井は有名な合戦厨が支配している国だったが、少人数で大国と互角に渡り合っていた。その時の俺は合戦から遠ざかり生産やダンジョン攻略系ばかりやり始める。そしてMHGへ流れた知人から「そろそろMHG出て1ヶ月だよ、はよ戻っておいで」って声に釣られてMHGの狩りの世界へ戻って行ったんだ。

その後に出会う盟友花香やリウカちゃやリリちゃと出会うほんの少し前の話。


珍しく名前が出てるって言いたいのかい?
まぁ数年前の昔話さ、どうせなら名前があって昔に浸れた方がいいだろ?

おっと、あんたはお酒に浸り過ぎだぜ、今回はここまでにしとくかい?
また立ち寄ってくれたなら続きを聞かせてやるよ、俺の機嫌が良ければな。
御代はいいぜ、じゃまた立ち寄ってくれ。
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  by kotetya2 | 2011-05-20 14:44 | 懐古 | Comments(3)

第395話 虎鉄書記 創世編

カランコロン

すまねぇな、もう閉店なんだ。
なんだ?飲みたい気分なのか?
じゃ俺の昔話に付き合ってくれるかい?
このブラントンは俺からの奢りだ。

さーて、どこから話そうか…



まだ俺がキャンプとアウトドアと飲みに行くのが趣味?だった当時、そう、ゲームは好きだがそれは皆と同じ位の感覚でしかやってなかった。そんな時、雑誌のちょっとした新作ゲーム情報を見たんだ。その雑誌は普通の情報誌で記事自体も1ページの半分あるかないか、しかもカラーでもない記事だった。そこには「自らが狩りをし肉を焼き、そして剥ぎ取った物で装備を作る。サバイバル」とか書いてあったのを思えている。
なんとなく惹かれた俺はそのゲームを手にする事になったんだ。名は

モンスターハンター

それは俺が今までやったゲームとはどれとも違った感覚があった。毎日頑張ってクックを追いかけゲリョにアイテムを盗まれ、そしてリオレウスまで辿り着いた。このゲームにはオンライン機能があったんだが、最初はあまりと言うかまったくオンラインに興味は無かった。だがレイアに辿り着いたぐらいから「これを多人数でするとどんなに楽しいだろう」と思い始め、レウス討伐できたならばオンラインに行こうと決心しヤツに挑み続けた。
初めてのオンラインはドキドキの連続だった。周りにはレウスやレイア装備、オフでは作れない装備で身を固めた人達が立っていた。そんな時に俺は彼等と出会った。
マッキーにナオさん、そう「やわらかい」のメンバー。
彼等と狩りをし、決まった街にはいつも誰か居て談笑できた。俺はなんだか忘れかけていた感覚を少し取り戻した気がする。昔学生時代の溜まり場にたむろってる感覚。当時の俺はキーボが無くソフキでのやりとりだったので大変だったが、それでも意思の疎通はできたし楽しかった。
日は経ち、一人また一人と引退していく者も増えた。そこで新たな新天地を求める事になった。当時の仲間の中では、その新天地に同行了承する者、残る事を決意する者、皆一様だった。俺も最初は残る気だったが同行を了承しMHを離れる事になった。

新しい新天地、その名は
信長の野望 Online

とりあえず職が被らないようにしようって話になり、俺が選んだのは「鍛治」だった。
降り立った先は烈風鯖 雑賀衆 当時新規鯖であり雑賀は初めて降り立った時点で隣の三好家を滅亡寸前まで追いやっていた強国だった。右も左も分からず、オフィシャルなどとにらめっこしながら鉄を掘ったりの生活。初めての信onの知人もその当時に城裏の浜辺で習得中に知り合った。彼とは最後の時期まで対話などで話す知人となったんだ。
当時雑賀圏内しか知らなかった俺は、金策に鋼板をN売りと言うなんとも今思えば笑えるような事で金策していた。知人から炭を貰いそして武器を生産し提供していた。あの当時は「今日は鉄掘ってるよ」とかで徒党に入っても会話しながらずっと掘ってた日もあったなぁ。雑賀両替前に一人毎日立っている売り子が居た。その人の商品は後で考えれば格安なんだが、その当時の我々にはどうやっても買える訳はなく「安くしとくよ」と言われてもただただウインドショッピングする事しかできなかった。
知人が「摂津から船があって、それで尾張まで行けるらしい」と言い出した。船賃は500文。正直あの当時は500文が大きかった。皆で悩んだ結果向かうことになった。初めての船旅にドキドキしたのを覚えている。到着した尾張の港にはこちらのLvをゆうに超える「川小僧」の手痛い洗礼が待っていた。それをなんとか掻い潜り道の崖下の「雨女」のLvを見て「ここ落ちたら確実に死ぬね」ってガクブルしながら名護屋へと向かった。
名護屋では雑賀では考えられないぐらいのPCが居て驚いたんだ。周りで飛び交う白チャットの談笑にビックリした。売り子も立っていて、それはそれは都会な気分に酔いしれた。
狩りにしても今までは自分達しか居ない状態での狩りがほとんどだったんだが、湧き待ちしての取り合いに驚かされた。たまたま入った徒党で横取りしただの釣りログ叩くななどと他の徒党と党首が喧嘩を始めた時、初めての事でドギマギしたのを覚えている。
当時どの鯖もどこかの国に集まって売り子が並んだり募集を出してたんだ。烈風ではそれが「稲葉」だった。初めて出向いた稲葉で始めてラグを体験した。そこには常時400人もの人がひしめき合って売り買いし狩りの募集をし求人を出していた。何を見ても新鮮でただ眺めてるだけで時間が過ぎていったのを覚えている。同じLv帯で仲良くなり知人もどんどん増えていった。火閻魔に絡まれて壊滅しても笑いあえた。そしてどんどんとLvも上がっていったんだ。


おっと、グラスが空じゃないか。付き合ってくれている礼だ、さぁ飲みな。
乾き物しか無いかもしれんが、ちょっと見繕ってこよう。
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  by kotetya2 | 2011-05-19 21:30 | 懐古 | Comments(0)

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